南禅寺、水道橋に行きました
南禅寺の歴史
創建のはじまり
南禅寺は1291年(正応4年)、
亀山天皇が離宮「禅林寺殿」を禅寺に改めたのが始まりです。
もともとは天皇の別荘だった場所で、引退後の亀山天皇が禅に深く帰依し、寺院として整備しました。
禅宗寺院としての地位
南禅寺は臨済宗南禅寺派の大本山で、
京都五山の上位に位置づけられる**「五山之上(ござんのじょう)」**という特別な格式を持っています。
これは「禅寺の中でも別格」という意味で、
南禅寺が日本禅宗の中心的存在だったことを示します。
応仁の乱以降
15世紀の応仁の乱で多くの堂宇が焼失しますが、
その後、豊臣政権や徳川幕府の庇護を受けて復興しました。
現在の三門(山門)は1628年建立で、
歌舞伎『楼門五三桐』の石川五右衛門の
「絶景かな、絶景かな」で有名です。
南禅寺水道橋(水路閣)の歴史
なぜ水道橋が作られた?
水路閣は、**琵琶湖疏水(びわこそすい)**の一部として造られました。
明治時代、京都は東京遷都後の衰退に直面しており、
産業振興・水運・防火・発電を目的に、
琵琶湖の水を京都へ引く大規模事業が計画されました。
建設と完成
- 1885年(明治18年):工事開始
- 1890年(明治23年):完成
- 設計責任者:田邊朔郎(たなべ さくろう)
建築の特徴
- 赤レンガ造り
- ローマ風アーチ構造
- 全長約93m、高さ約14m
当時としては非常に先進的な近代土木建築で、
伝統的な禅寺の景観の中に西洋建築が共存する、
きわめて珍しい風景を生み出しました。
寺と近代化の共存
建設当初は「寺の景観を壊す」と反対もありましたが、
結果的に南禅寺の象徴的景観となり、
今では京都を代表するフォトスポットになっています。


各種の京都のドラマなどでよく見かける水道閣
着物を着た女の子がお互いに撮影しあってました
南禅寺は禅宗のお寺で
格式の高いお寺です。写経会などもあるようです
宿坊もあるようで、建物の見学などできるようです

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